「児童ポルノ禁止法」改定案への反対声明

2013年5月29日
全国同人誌即売会連絡会

 全国同人誌即売会連絡会は、「児童ポルノ禁止法」の主旨である児童の福祉と安全の確保・促進に対して、異議はまったくありません。しかしながら、5月29日に自民党・公明党・日本維新の会により国会に提出された「児童ポルノ禁止法」改定案において、児童の保護をうたいながらも、児童を含む日本国民の社会生活と自由を脅かす要素が包含されていることに際し、この度声明を発表します。

 山田太郎参議院議員のWebサイトに掲載された資料(http://taroyamada.jp/wp-content/uploads/2013/04/jipo.pdf)によりますと、今回の改定案については、2011年に提出されなかった自民・公明案にさらに修正を加えたものですが、基本的な問題点は、このときのものと大きく変わっていません。

 児童ポルノ問題は単純に見えて、日本の法整備において一般にはわかりにくい論点が含まれています。以下、当連絡会が認識している問題点を提示します。

○ 単純所持違法化に関する問題点
 改定の主たる目的とされている児童ポルノの単純所持違法化については、落合洋司弁護士などが指摘するように、「不公平な捜査や偏った捜査が行われたり、捜査権が濫用されたり、捜査の過程で収集された証拠が誤って評価されたりして、冤罪を生む危険性」(http://www.bengo4.com/topics/218/)が懸念されています。後述する「児童ポルノの定義が広すぎてわかりにくい」という現行法の問題点と併せて考えると、この危険性は一層高まるおそれがあります。

○ 表現規制に直結する「附則」に関する問題点
 特に同人誌界を含むコンテンツ業界全般への影響が大きいと思われるのは「政府は、児童ポルノに類する漫画等(漫画、アニメ、CG、擬似児童ポルノ等を言う。)と児童の権利を侵害する行為との関連性に関する調査研究を推進する」という附則が盛り込まれていることです。「児童ポルノに類する漫画等」「関連性に関する調査研究」という文言が既に「結論ありき」と言わざるを得ません。

【法の目的を逸脱した「レッテル」としての括り】
 そもそも、児童の権利を擁護するという児童ポルノ禁止法の目的からすれば、実在の児童の権利を侵害しない創作物(フィクション)を対象外としている現行規定には合理性があります。にもかかわらず、調査研究の対象とはいえ、今回の改定案が敢えて「児童ポルノに類する漫画等」という括りを設定し、特定の表現を含む創作物に対し「児童の権利を侵害する行為との関連性」というようなレッテルを貼ることは、先々の表現規制に向けた「手段としての改定」なのではないかとの強い疑念に直結します。

 過去の児童ポルノ禁止法改定の際も再三議論されたように、規制の対象となると思われる漫画・アニメーションの受容と、児童の権利を侵害するような行為の関連性は、メディア効果に関する研究潮流では、既に否定されている仮説です。ということは、この論点について「調査研究」することには意味がなく、規制を推進するための瑣末な「証拠作り」につながることを強く懸念します。

【曖昧な「児童ポルノに類する漫画等」という概念】
 加えて、「児童ポルノ」の現行法上の定義は非常に広範囲かつ曖昧です。現行法を踏まえると、今回の改定案において調査研究の対象となる「児童ポルノに類する漫画等」とは、18歳未満と認知できるキャラクターを含む作品において「1)性交又は性交類似行為、2)性欲を興奮させ又は刺激するような児童の性器等への接触又は児童による他人の性器等の接触、3)性欲を興奮させ又は刺激する衣服の全部又は一部を着けない姿態」のいずれかを含む作品、ということになるでしょう(現行法2条3項)。

 これは、例えば「東京都青少年の健全な育成に関する条例」における不健全図書指定の規定「著しく性的感情を刺激するもの、性交又は性交類似行為を『不当に賛美し又は不当に誇張するように描写又は表現したもの』のうち、『著しく社会規範に反する性交・性交類似行為を著しく不当に賛美し、又は著しく不当に誇張するように描写又は表現しているもの』」等に比べても、はるかに対象が広範囲かつ曖昧なものとなります。

【日本のコンテンツ文化・産業に対する悪影響】
 現状において表現の自由の範疇に含まれている創作物(猥褻ではないが、「児童ポルノに類する漫画等」という概念に抵触する作品)に対して、政府が「児童ポルノに類する漫画等」というレッテルを貼ること、そして、その定義の広範囲かつ曖昧さは、「関連性に関する調査研究」の期間においても、同人誌界のみならず、コンテンツ産業全般に対して過剰な自主規制、萎縮効果をもたらすことは間違いないでしょう。事実既に、法案提出前からそうした動きも生まれはじめています。

 我が国における、マンガ・アニメ・ゲーム等のコンテンツ文化の豊かさは、商業ベースの裾野が広大であることもさることながら、同人誌に代表される個人の表現における裾野の広さも一翼となり、これらが渾然一体となって生み出される表現の多様性によってもたらされています。その基盤となるのは、自由な表現に他なりません。過剰な自主規制、萎縮効果だけでも日本のコンテンツ文化に与えるダメージは深く、ましてや法律による規制が実際に行われた場合の影響ははかり知れません。

 以上のことから、全国同人誌即売会連絡会は、現在提出が予定されている「児童ポルノ禁止法」の改定案に反対いたします。

 現在、政府は一方で「クール・ジャパン」政策を改めて推進しています。しかしながら、今回の改定とその後に予想される状況は、まさしく「角を矯めて牛を殺す」ことになります。また、こうした表現規制ではなく、「児童ポルノ禁止法」の設立の趣旨に立ち戻り、被害者である児童の保護、ケアのための施策がより一層充実されることを希望するものです。国会議員の皆さんの冷静なるご判断をお願いします。

(本問題に関して参考となるサイト)
●自民党・公明党・日本維新の会による改定案(PDF)
http://taroyamada.jp/wp-content/uploads/2013/04/jipo.pdf

●参議院議員 山田太郎 オフィシャル Web サイト
http://taroyamada.jp/?p=2014

●「児童ポルノ」単純所持禁止の問題点 「元検事」落合洋司弁護士が指摘
http://www.bengo4.com/topics/218/

●「漫画・アニメ」も視野に入れた「児童ポルノ禁止法改正案」の問題点とは?
http://www.bengo4.com/topics/432/

●児童ポルノ禁止法改定の真の目的は何か? 単純所持禁止、マンガ・アニメ「調査研究」への懸念
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1305/27/news094.html